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​STORY

 

 #01_INTRODUCTION
 

 普通の人が自転車かバスを使って行くような道を、30分ほどかけて黙々と歩いた先には大型のリサイクルセンターがある。僕にとってこの場所は聖域のような場所だ。古書店に古着屋、中古のメディアショップが複合的に一緒くたにされたこのビルは、はじめはちゃんとした商業複合施設として作られたも のらしい。特に気に入っているのは半地下にある吹き抜けのフードコートで、薄汚れたトリコロール色のパラソルの咲いたテーブル席が離れてわずかに四つほどある。フードコートと言っても、売店の御夫人がうたた寝でもしながら気まぐれにソフトクリームやホットドッグのようなしょうもない軽食を売っているだけのような場所で、僕にはこのしょうもなさが本当に愛しかった。

 そんな寂れた場所で昼間からピザトーストをつまんでいるのは決して仕事の合間のランチタイムを優雅に過ごしているわけではない。
仕事は半月も前に長い長いお暇をいただいてしまって、僕はただもて余す時間を思い付く限りに有意義に過ごすためにここにいる。

 端的に言えば、リストラである。

 

 勤めていた会社の福利厚生は端から言わせれば最悪ということらしいのだが(ほとんど利用もしなかったのでわからなかった)、いざ退職勧奨の話に慣れば、使うに使えなかった有給も買い上げるし小遣い程度の退職金まで寄越すと言う。
さらにはちゃんと“会社都合”と言うことにしてくれると言う大団円で退職と相成った。
そこまでしてあの会社は僕を追い出したかったに違いない。

 求職に対してやる気がない訳ではないが、紹介所の方に仕事があることの方が少なくなってしまった今では、殆ど失業保険の口実作りのために顔を出すだけになってしまった。
ケースワーカーすらそれをわかっているらしく、どうにかしないとね、等と言いつつも仕方なさげに微笑みを返すばかりだった。

 

 大昔、インフラがまだマトモだった時代では携帯端末でどこでも職が探せたというが、今やインターネットは化石に近かった。
通信料は無闇に高いし、それに見合うほど有益な情報があるわけでもない。
そもそも、全盛期のインターネットを扱えるような情報端末が今や骨董品だった。
僕たちが知っているのは、その全盛期の輝かしい痕跡だけだ。
その残滓がこのリサイクルセンターに詰まっていて、僕はそのノスタルジーだけを糧にして生きている。

 

 子供の頃から、AV機器や所謂デジタルガジェットの様なものに異様な思い入れがある。
それも最新のものではなく、一時代前のもの、それこそ自分が子供だった頃に、手に入れることが叶わなかったものばかりだ。
自分で欲しいものを買えるようになってから、今時誰も手を出さないようなものばかりを追い求めている。
例えば今、こうしてしょうもない思考を記録している“思考タイプライター”のようなものもそのひとつだ。
別に誰に読ませるでもないが、頭の中身を文章として客観的に出力できるのは自分にとって良い薬だった。
こうして必死に頭のなかで体裁を整えている間だけは、不安要素に囚われて自己嫌悪に陥らずに済む。

話が逸れた。


 僕がこんな辺鄙なリサイクルセンターに入り浸っているのは、ある意味では取り戻せない幼少のノスタルジアに囚われているからなのだろう。
ただひとつはっきりさせておきたいのは、僕は決して恵まれた幼少期を過ごしたわけではないということだ。
母親は物心ついたころには居なかったし、父親のことは小学校低学年ごろに一目見ただろうかという曖昧な記憶で途絶えている。
父方の祖母に育てられた僕はとにかく満たされていなかった。
遊ぶものと言えば、父が遺していったという一昔前のガジェットやAV機器ばかり。
そう、僕の時間はあの頃から止まったままなのだろう。
そういうものでしか満たされなかったから、今でもそういうもので囲まれていなければ不安なのだ。

 

 先ほどから求人情報誌を眺めてはいるのだが、どうにもめぼしい仕事がない。
今や食い扶持欲しさにすがる藁であるはずの求人誌ですら、消費を促す広告のページで溢れている。
今回に至っては求人情報の方が広告ページより少なかった。

 別にそれは珍しいことではない。
ただこんなところにまで広告を載せてまで、カネを搾り取れるかどうかは甚だ疑問だ。

 ただ、今回に関して言えば、この旅行代理店のページは気に入った。あか抜けた空にわざとらしいまでの椰子の樹。この“前時代的”なセンスは好ましい。

『島宇宙の果てで、何を見つけますか?』

 

 そう大きく、コバルトブルーの空にレイアウトされた文言が何を伝えたいのかはわからないが、コマーシャルと言うのは結局、目に入りさえすれば良いのだろう。

 そしてその思惑通りに、僕はその広告をじっと見つめているのだ。

 殆どファストフードの夕食を済まし、暗い散らかった部屋のなか、ふと、昼に持ち帰ったあの情報誌に手を伸ばす。
そして、殆ど職場で過ごしていたような今までの時間を振り返る。

 僕は安酒の回った頭で、ぼんやりとビデオテックスの情報センター番号をダイヤルしていた。

 もしかしたら、今が“旅行”に行く最後のチャンスなのかもしれない。

 

 続いて広告に記された、旅行代理店の番号をダイヤルする。ああ、我ながら大それたことをしたものだ。アルコールが回って正常な判断が出来ないのだろう。

 このままなにもせず、ただこの汚い部屋に引きこもり、時たまあのリサイクルセンターを冷やかしに行くだけの生活を続けてさえいられるなら、あと三ヶ月はなにもせず居られるはずなのに。

『-LAST.RESORT.MILLENNIUM-』

 代理店のロゴが極細の通信網を通してゆっくりと画面に現れていく。

 コバルトブルー一面の画面。
 荒いドットで描かれた真っ白な椰子。
 一足早めに到着したリゾート感溢れるメロディが、内蔵のFM音源を通して流れてくる。

『島宇宙の果てで、何を見つけますか?』

 作:u_sk

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